大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6228号 判決 1983年9月29日

原告 甲野太郎

<ほか一名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 小野寺利孝

同 山下登司夫

同 酒井幸

同 二瓶和敏

同 戸張順平

同 友光健七

被告 トヨタ東京カローラ株式会社

右代表者代表取締役 原功

右訴訟代理人弁護士 森岡幹雄

同 大輪威

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年三月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告会社は自動車販売会社である。

原告甲野太郎(以下「原告甲野」という。)は、昭和三七年に東京トヨペット株式会社から被告会社に出向し、その二年後に正式に被告会社に入社し、昭和四九年九月一四日に被告会社を退職するまで被告会社の各営業所長等を歴任した。

原告乙山は、昭和四〇年四月に被告会社に入社し、セールスマンとして勤務し、昭和四七年四月に退職した。

2  原告らは、昭和五〇年二月一五日、東京地方検察庁八王子支部により私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使罪について起訴された。

起訴された事件は、原告甲野が被告会社調布営業所所長であり、原告乙山が同営業所所員であった当時の事件で、原告らの他に同営業所の七名の所員が共犯として起訴されている。

右事件については、昭和五〇年三月二八日に被告人全員を有罪とする判決が言い渡され、原告ら二名は右判決を不服として控訴し、現在係争中である。

3  右事件は、昭和四六年頃、被告会社調布営業所において、車庫を持たない顧客に対して販売した新車の新規登録手続をするため、原告らを含む被告人らが共謀して、丙川松夫作成名義の、内容虚偽の自動車保管場所使用承諾書を作成偽造し、これを調布警察署に対して提出行使し、いわゆる「車庫証明」の交付を受け、さらに、前記承諾書を東京都陸運事務所多摩支所に提出行使して内容虚偽の自動車新規登録申請を行い、自動車登録原簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時同所にこれを備えつけて行使したというものであって、いわゆる、自動車販売会社のセールスマンによる車庫証明偽造事件である。

4  しかし、原告らは、右のような丙川松夫作成名義の自動車保管場所使用承諾書を作成したこともなければ、これらを調布警察署及び東京都陸運事務所多摩支所に提出したこともない。また、他の被告人らと右のような各行為を行うべく共謀したこともない。

5  また、右事件の真の犯罪者は被告会社であって、被告会社の代表者らが原告らを道具として犯した犯罪である。

すなわち、被告会社は、自動車販売会社間の過当な販売競争の中で、各営業所間の競争をあおり、セールスマン個人に対しノルマ制をしいて激しい販売合戦にかりたて、営業成績を伸ばしてゆく方針を持っていた。そして、このためには車庫を持たないため合法的に新規登録手続をとることのできない顧客に対しても、営業所において何らかの方法をとらせて新規登録手続をしてでも販売成績を上げてゆくという方針をとり、営業所長に対しては陰に陽にこれを指示していた。具体的には、被告会社はその本社や各営業所に業務用の車庫を有しているが、新車を購入する顧客で、車庫を有しない者について、被告会社は、この者が現実には右業務用の車庫を使用することはほとんどないにもかかわらず、右車庫を使用するかのような被告会社代表取締役発行の自動車保管場所使用承諾書を作成し、これにより車庫証明の交付を受けて新規登録手続をするといった方法を各営業所にとらせてきた。このような方法による登録は非常な多数にのぼり、被告会社は、被告会社の車庫についての被告会社代表者作成の自動車保管場所使用承諾書が必要な場合には適宜各営業所で使用できるように、使用者欄を空欄とし、承諾者欄には被告会社代表取締役が記名捺印した右承諾書を大量に作成し、調布営業所をはじめ各営業所に備えつけさせてこれを利用させてきたものである。原告らが公訴を提起された自動車の保管場所を偽って行う新規登録手続は、このような被告会社の営業方針に沿って行われていたのであり、末端の営業所長やセールスマンはこの指示に従わざるを得ない立場におかれていた。

従って、この事件は、原告らを道具として、被告会社の代表者らが間接正犯として犯した犯罪に他ならない。

6  しかるに、被告会社は、自らの責任が問われることを防ぐため、自らそのような営業方針をとっていたことを隠し、営業所長及びセールスマンが営業成績を上げるため自らの意思で違法行為を行ったとの立場をとり、捜査機関に対してはその旨申告し、原告らをして起訴されるに至らしめ、裁判においても原告らが無罪であるとの正当な主張をすることを妨害して、前記のとおり第一審において原告らに有罪判決の言渡しを受けさせた。

具体的には、

(一) 右事件に関する捜査が昭和四六年七月頃に開始された直後、被告会社取締役の稲垣英彦は、原告甲野に対し、「こういう問題が各警察署に波及したら困る。まして会社の名が出れば大変なことになるのでここは調布営業所内の問題だけにとどめてくれ。」と、暗に調布営業所所長以下が責任をとる形で解決することを強要し、原告甲野は営業所所長としての立場からこれを拒否できず、原告乙山及びその他の営業所員に対し、稲垣の右話の趣旨を伝えた。そのため、原告らは、不本意ながら自らがこれらの行為をしたことを全面的に認めることを余儀なくさせられた。

(二) 稲垣取締役は、昭和四六年一二月一七日、調布警察署において、「私共は常に各営業所に対しては法律を守り、不法不正をしないように指示通達を出しております。今回調布営業所においてはからずも不正が行われましたが誠に残念に思っております。」と述べ、被告会社の右営業方針を隠し、原告らが不正をした旨述べた。

(三) 被告会社代表取締役の島田文吉も、右刑事事件の控訴審において、証人として証言した際、同様の趣旨の証言をして被告会社の責任を否定した。

(四) 原告らの弁護人となった弁護士丁原竹夫は、昭和四九年四月二三日に東京地方検察庁八王子支部に対して出した上申書において、「被告会社は、当時顧客の買手市場で相当多額のディスカウントをせざるを得ない立場にあり、無理に危い橋を渡ってまで新車の販売をしても総体的な利益は上がらなかったから社員には無理な新車販売をいましめていた。ただ、単位営業所間で販売実績を競う風潮があったため、本件のような結果となった。」との上申をして、被告会社の責任を否定し、原告ら個人の行為である旨主張した。丁原弁護士は、同年五月一四日にも再度同趣旨の上申をしている。

(五) さらに、丁原弁護士は、右の上申に際して、検察官に対し、原告甲野は引責辞職するなど被告会社に申し出たことは全くなく、その意思もないにもかかわらず、「責任を一身に引き受けるため辞職する決意をした。」旨の虚偽の上申書を提出し、原告甲野が自己及び部下のセールスマン個人に責任があることを認めたという事実を作り上げて被告会社の刑事責任が問われることを防止しようとした。

(六) 昭和四九年一二月二五日、原告らを含む右事件の被告人全員が被告会社に呼ばれ、代表取締役島田文吉、取締役野本正三出席の下に、丁原弁護士が、「みな自白しているから今から何をいってもだめだから裁判では特に何も発言しないように。」「公判の席で余計なことを言えば裁判官の心証を悪くして罪が重くなるだけだ。」等述べて、原告らが公判で発言することのないようにした。

さらに、丁原弁護士は、昭和五〇年三月、公判前に原告甲野を除く被告人全員を集めて右と同趣旨の発言を繰り返し、同月一七日には原告甲野を自己の事務所に呼び、野本取締役同席の下に、「公判では騒がないでくれ、早く裁判を終わらせよう。何回もやるのではお互いに大変だから。」と述べた。また、第一回公判期日(同月二〇日)にも、その開始前に、「起訴事実をみんな認めているから何も話さないでくれ、話すとかえって重くなるから。」と重ねて原告らが公判で発言することをおさえつけた。

(七) 丁原弁護士は、原告らが裁判についてほとんど知識がないことを利用して、捜査段階で自白をしたら裁判では何をいってもだめだと信じさせておいて公訴事実は全く争わせずに認めさせ、被告人質問も戊田梅夫のみ行い、原告らには被告人質問すらしなかった。最終弁論においても同様に被告会社の責任を否定した弁論を行った。

右のうち、丁原弁護士の行為については、被告会社は、自らの犯罪行為を隠し、企業の社会的評価が下落することを防止するため、丁原弁護士に対し、本事件が原告ら各個人の犯罪行為であって被告会社に責任はない旨の虚偽の説明をして、同弁護士をその旨誤信させ、同弁護士に対し、本事件が被告会社の責任でなく、原告らの犯罪行為であることを早期に確定し、また、裁判の過程においても、原告らが真実を明らかにして本事件が被告会社自身の犯罪行為であり責任であると主張させないよう依頼し、丁原弁護士もこれを承諾して原告らの弁護人となり、前記のような行動をとったものであるから、被告会社がその責任を負うべきである。

丁原弁護士は、本事件を受任後、原告らからは一切の事情聴取を行っておらず、その一方で、上申書や最終弁論では被告会社の内部事情にまでわたる事項にまで触れており、被告会社と打ち合わせのうえ、弁護活動をしていたことは明らかであり、また、弁護報酬も被告会社から受領している。

7  原告らは、被告会社の前記のような営業方針のため、結果として犯罪行為に加担させられるという精神的苦痛を与えられたにとどまらず、前記6記載のような被告会社の行為により、起訴され、裁判においては自らの正当な主張をすることを妨害されて公平な裁判を受ける権利を侵害され、社会的にも有罪判決を受けた「犯罪者」にさせられ、その名誉を著しく毀損された。これによる原告らの被った精神的苦痛を金銭に見積もれば、各自一〇〇〇万円の慰藉料をもって償うのが相当である。

8  よって、原告らは、被告に対し、不法行為の損害賠償請求権に基づき、各自一〇〇〇万円及びこれに対する原告らに対し有罪判決の言渡しがあった昭和五〇年三月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

2  同5の事実は否認する。

3  同6について

(一) 同(二)の事実のうち、稲垣取締役が調布警察署で原告ら主張のような供述をしたことは認めるが、右供述が被告会社の営業方針を隠し、原告らが不正をした趣旨のものであることは否認する。

(二) 同(四)の事実のうち、丁原弁護士が原告ら主張のような上申をしたことは認めるが、その趣旨は否認する。右上申は、原告らが不正をした趣旨のものではない。

(三) 同(五)の事実のうち、丁原弁護士が原告ら主張のような上申をしたことは認めるが、右は丁原弁護士の聞き誤りによるものであって、原告甲野に刑事責任を押しつける趣旨のものではない。

(四) 同6のその余の主張は否認する。

4  同7は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1ないし3の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実、《証拠省略》によれば、本件の経過は以下のとおりであったことが認められ、この認定に反する証拠はない。

1  調布警察署は、昭和四六年七月頃から本件の刑事事件について捜査を開始し、被告会社調布営業所で車庫証明の取得を担当していた業務係の主任である戊田梅夫が取調べを受けたのをはじめとして、原告らを含む同営業所のセールスマン等の関係者が次々と同警察署の取調べを受け、丙川松夫作成名義の自動車保管場所使用承諾書、丙川名義の木製丸型印鑑(三文判)等の関係証拠書類等が押収されるに至った。

調布警察署が捜査を開始した頃の被疑事実は必ずしも明らかではないが、領置調書、捜索差押調書には、罪名として有印私文書偽造、同行使が記載されているので、これを原告らが起訴された公訴事実と対比すると、丙川松夫の承諾を得ることなく、またその権限もないのに、調布営業所の駐車場についての同人名義の自動車保管場所使用承諾書を作成し、これを調布警察署及び東京都陸運事務所多摩支所に提出行使したとする私文書偽造、同行使であると推測される。

2  その後、右事件は東京地方検察庁八王子支部に送致され、同支部では、昭和四九年二月頃から原告らを含む関係者の取調べを行った。

その頃から、被告会社によって弁護士丁原竹夫が原告らを含む被疑者らに紹介され、同弁護士が、以後弁護人としてその弁護にあたることになった。なお、原告乙山は、丁原弁護士が弁護人となったのは起訴後のことである旨供述しているが、証人丁原竹夫及び同野本正三の各証言からみて、何らかの誤解と思われる。

3  東京地方検察庁八王子支部は、昭和五〇年二月一五日、原告らを含む調布営業所所員九名を、私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使罪で東京地方裁判所八王子支部に起訴した。

その公訴事実の要旨は、請求の原因3記載のとおりであって、調布営業所で販売した自動車について、被告が丙川松夫から賃借していた同営業所の駐車場を自動車の保管場所とする車庫証明を取得し、自動車新規登録をするために、共謀のうえ、丙川松夫の承諾を得ることなく、またその権限もないのに、調布営業所の駐車場についての同人名義の自動車保管場所使用承諾書を作成し、これを調布警察署及び東京都陸運事務所多摩支所に提出行使したとする私文書偽造、同行使と、同じく共謀のうえ、右偽造した内容虚偽の使用承諾書を関係書類とともに右多摩支所に提出し、内容虚偽の自動車新規登録申請を行って、情を知らない係員をして自動車登録原簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時同所にこれを備え付けさせたとする公正証書原本不実記載、同行使からなっている。

4  右刑事事件は、同年三月二〇日に第一回公判期日が開かれ、起訴前から引き続き丁原弁護士が被告人らの弁護人となり、原告らを含む被告人全員が公訴事実を認め、書証にもすべて同意したため、即日結審し、同月二八日、被告人全員を有罪とし、執行猶予付の懲役刑に処する旨の判決が言い渡された。

5  原告らは、右判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが、その余の被告人は控訴することなく、右判決が確定した。なお、被告人のうち、甲山一夫は、いったんは控訴したもののその後控訴を取下げ、結局、右有罪判決が確定している。

また、この控訴審からは、原告らの本件訴訟代理人でもある小野寺利孝、山下登司夫らの弁護士が原告らの弁護人に選任され、以後、現在に至るまで原告らの弁護人として弁護活動を行っている。

6  控訴審では、右事件について職権で判断を加え、前記偽造した内容虚偽の使用承諾書の提出が公正証書原本不実記載、同行使罪を構成するとする理由が不備である、また、原判決が証拠の標目にあげた証拠と、原判決が認定した罪となるべき事実には一部食い違いがあるとの理由で、昭和五一年九月一四日、原判決を破棄し、東京地方裁判所八王子支部に差し戻す旨の判決を言い渡した。

なお、本件民事訴訟は、控訴審の右判決が言い渡される直前の同年七月一〇日に提起されている。

7  差戻し後の第一審では、右控訴審判決の趣旨に沿って、一部公訴事実の訂正変更が行なわれ(いかなる変更がなされたかは明らかではないが、前記3で述べた起訴当時の公訴事実と基本的には変わらないものとみられる。)、必要な証拠調を行った後、昭和五五年一二月二三日、原告らを変更後の公訴事実の全てについて有罪とする旨の判決が言い渡された。

8  右判決に対しても、原告らはこれを不服として再び東京高等裁判所に控訴し、控訴の理由として、私文書偽造、同行使については、原判決が、実行行為をした戊田梅夫と原告らとの共謀を肯定したのは事実を誤認したものである旨主張し、公正証書原本不実記載、同行使については、同様に原告らと戊田との共謀を否定するとともに、一部公訴事実については、自動車登録ファイルには何ら不実の記載はないとする事実誤認を主張し、さらに、自動車販売会社が所有あるいは保有する駐車場について、車庫証明取得の手段として、販売会社が使用承諾書を発行するいわゆるディーラー車庫証明に基づいて自動車登録をするということは、被告会社のみならず自動車販売会社においては、日常的、組織的に行われていたものであるから、原告らが、このような自動車登録行為に関与したことについては可罰的違法性を欠くと主張した。

9  控訴審は、昭和五七年四月二〇日、次のとおり原判決を破棄して自判した。

すなわち、私文書偽造、同行使については、原告らの主張を認め、原告らには、戊田梅夫が自動車保管場所使用承諾書を作成するにつき、名義人である丙川松夫の承諾を得ていなかったことについて認識があったとまでは認められないとして、結局共謀を否定して原告らを無罪とした。公正証書原本不実記載、同行使についても、一部の公訴事実については、自動車登録ファイルには何ら虚偽の記載は認められず、申請手続上の瑕疵についても、原告らには右のとおり使用承諾書が偽造にかかるものであるとの認識があったとまでは認められないとして、原告らを無罪とした。しかし、その余の原告らの主張すなわち公正証書原本不実記載、同行使について共謀の否定及び可罰的違法性なしとの主張はいずれも斥けられ、結局、控訴審は、一部の公訴事実を除く公正証書原本不実記載、同行使についてのみ原告らを有罪とし、原告甲野を罰金五万円に、原告乙山を罰金二万円にそれぞれ処する旨の判決を言い渡した。

10  原告らは、右判決を不服としてさらに最高裁判所に上告し、現在、この刑事事件は同裁判所に係属中である。

二  原告らの主張は、請求の原因4及び5で主張するように、原告らは本来無実であるにもかかわらず、請求の原因6で主張するような被告会社の行為により、前記認定のとおり本件の刑事事件について起訴され、第一審で有罪判決を受け、公正な裁判を受ける権利を侵害され、これによって名誉を毀損されたとするものである。右の主張は、当然、再度の控訴審でも有罪判決を受けたことによる損害をも主張する趣旨と解される。

ところで、原告らがこの事件について有していた認識ないし意見は、原告らの主張によれば、請求の原因4及び5に記載したとおりであり、前記一8で認定したとおり、刑事事件の裁判においても、請求の原因5の主張を可罰的違法性がないとの趣旨で主張している点を除けば、ほぼ同様の主張がなされている。しかし、右の主張はやや抽象的であると思われるので、後の判断の便宜のために、《証拠省略》により、これを具体的に言うと、おおむね以下のとおりであると考えられる。

まず、私文書偽造、同行使について、戊田梅夫と原告らとの共謀を否定する主張は、原告らは、戊田梅夫は丙川松夫から承諾を得ていたと考えていたとの趣旨であることが明らかである。

公正証書原本不実記載、同行使について、共謀を否定する主張については、原告らが、丙川松夫名義の自動車保管場所使用承諾書及び自動車新規登録申請書類の記載事項のうち、使用者の住所、使用の本拠等に虚偽があることを認識していたことは、原告ら自身が供述するところであり、そうすると、原告らは、当然、自動車登録原簿にもその旨虚偽の記載がなされることを認識していたことになる。もとより、右の点について認識があったからといって、それだけで共謀が成立するものではないが、原告らが、共謀を否定する根拠ないし趣旨は必ずしも明らかではない。また、原告らが、公訴事実の一部についてのみ、何ら虚偽の記載はない旨主張していることは前記のとおりである。

次に、本件の事件は、被告会社の代表者らが間接正犯として犯した犯罪であるとの主張(刑事事件の裁判では可罰的違法性なしとの主張)については以下のとおりである。

1  自動車の購入者が新規登録をするには、車庫証明すなわち購入者が自動車の保管場所として適当な場所を確保している旨の所轄警察署長の証明が必要であるが、被告会社のみならず、自動車販売会社では、その所有または保有している業務用の駐車場を車庫として車庫証明を取得する、いわゆるディーラー車庫による車庫証明取得が日常的に行われていた。

2  このようなディーラー車庫による車庫証明取得が行なわれるのは、被告会社では、セールスマン個人に対して厳しいノルマが課されているため、車庫を保有せず、合法的に新規登録手続をとることのできないような顧客に対しても自動車を販売することになり、このような場合には、ディーラー車庫により車庫証明を取得せざるを得ないこと、車庫を有している顧客であっても、車庫証明を取得するのに時間がかかるようなときには、毎月のノルマを達成するためディーラー車庫を利用せざるを得ない場合があること、被告会社が東京都内を販売区域とする、いわゆるテリトリー制をとっているため、東京都以外の顧客に販売した場合には、顧客の住所地で新規登録をすると、セールスマンの実績として販売台数にカウントされなくなるために、これを販売実績の台数にするためには東京都内で新規登録するほかはなく、結局、東京都内に車庫が必要となるため、ディーラー車庫により車庫証明を取得せざるを得ないことなどに原因がある。

このような状況であって、ディーラー車庫による車庫証明の場合、顧客が自動車販売会社の駐車場を車庫として実際に利用することはほとんどなく、結局、不実の自動車新規登録申請がなされることになる。

3  ディーラー車庫による車庫証明の場合、被告会社では、被告代表者名義の自動車保管場所使用承諾書が作成使用されており、また、被告会社の各営業所所長を本社に集めて開かれる所長会議ではよく車庫証明問題が話題にのぼることからみても、被告会社の上層部、特に、営業所及び新規登録申請を担当していた稲垣取締役は、ディーラー車庫のこのような実態を当然知っていた。しかるに、被告会社からは、このようなディーラー車庫による車庫証明の取得について、本件の事件が起きるまで何らこれを禁止する等の指導はなされておらず、かえって、被告会社代表者名義の前記使用承諾書を大量に発行し、ディーラー車庫による車庫証明の取得を容認助長している。

4  調布営業所では、その保有する駐車場が丙川松夫の所有であって、同人からこれを賃借していたために、同人名義の使用承諾書が作成されたにすぎず、その実態は右に述べたディーラー車庫による車庫証明取得の慣行と何ら変わりがなく、しかも、これは原告甲野が調布営業所に来る前からの慣行となっていた。

5  原告甲野は、このようなディーラー車庫による車庫証明の取得が正しい方法であるとは考えていなかったから、それなりに、セールスマンに対してはこれをあまり利用することのないように指導しており、調布営業所では、むしろ他の営業所よりもその件数は少なかった。本件の事件の真相は、右に述べたようなものであるのに、これを明らかにすることなく、自分が所長であったということのために、この事件の主謀者とされて処罰されるのは納得できない。

6  原告乙山も、同様に、このような車庫証明の取得が正しい方法であるとは考えていなかったが、このような方法は、調布営業所以外の営業所においても、また、被告会社以外の自動車販売会社においても一般的に行なわれており、それで有罪判決を受けたというような例は聞いていなかったから、それほど重大な犯罪であるとは考えていなかった。被告会社は、このような事態にならないように、セールスマンに対し指導をすべきであって、本件の事件の真の責任は被告会社にある。

本件の事件についての原告らの認識ないし意見は具体的には以上のとおりであって、もとより、これは事件の発生からかなり年月がたってからの認識ないし意見ではあるが、一応は、原告らの主張は、請求の原因6記載のような被告会社の各行為により、原告らは、刑事事件の手続過程で右のような主張をすることができなかったという趣旨のものと考えることができる。

なお、被告会社が、被告会社の車庫について、被告会社作成の自動車保管場所使用承諾書が必要な場合には、適宜各営業所で使用できるように、使用者欄を空欄とし、承諾者欄には被告会社代表取締役が記名捺印して右承諾書を大量に作成し、調布営業所をはじめ各営業所に備え付けさせてこれを利用させてきたとの主張については、これを認めるに足りる証拠はない。

三  原告らは、まず、本件の事件に関する捜査が、昭和四六年七月頃に開始された直後に、稲垣取締役が原告甲野に対し、「こういう問題が各警察署に波及したら困る。まして会社の名が出れば大変なことになるので、ここは調布営業所内の問題だけにとどめてくれ。」と、暗に調布営業所所長以下が責任をとる形で解決することを強要し、そのため、原告らは、不本意ながら自らがこれらの行為をしたことを全面的に認めることを余儀なくさせられた旨主張し、原告甲野は、ほぼこれに沿う供述をしている。

しかし、証人稲垣英彦はこのような指示をしたことを否定し、ただ、原告甲野からそのような申出がなされたことはある旨証言しているのであるから、右証言に照らせば原告甲野の右供述のみから、このような指示があったことを認めることは困難であり、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

また、原告甲野は、前記のような指示があったとする一方で、稲垣取締役から、「今さらお客に迷惑はかけられないからセールスマンの一存でやったということにしておけ。」と指示を受け、原告新内らに対して、セールスマンがかってにやったということで取調べに対処するよう指示した旨供述しており、原告乙山はこれと同趣旨の供述をするのみである。原告乙山の供述によれば、右の指示の趣旨は、顧客の中には、会社の方で車庫証明をとってくれなければ買わないというような態度を示す者もいたが、これを警察で述べれば、顧客が警察から呼出しを受けるので、このようなことのないようにセールスマンがすべて委されてやったことであると供述することであることが認められ、原告らの主張の趣旨とは微妙に異っており、稲垣取締役の指示があったとする原告甲野の前記供述も、具体的には、被告会社の責任を回避するというよりは、むしろ、顧客に迷惑がかからないようにする点に重点があったとみられないでもない。

さらに、稲垣取締役の前記指示によって、原告らが、警察でいかなる供述をせざるを得ず、また、いかなる主張をすることができなかったと主張するのであるかは必ずしも明らかではない。原告甲野は、そもそも、その当時は被告会社の責任を追及するというような考えを持っていなかったことは同人の供述からも明らかである。再度の控訴審判決によれば、原告らの捜査段階の供述調書では、丙川松夫名義の自動車保管場所使用承諾書が偽造されたものであることについての原告らの認識はかなりあいまいなものであったとされていることが認められることからみても、少なくともこの点については、原告らが稲垣取締役から虚偽の自白を強いられたとは考えられない。また、ディーラー車庫による車庫証明取得の慣行についても、これと本件の事件との関係について、犯罪不成立の可能性も含め捜査段階でどのように考えられ、原告らがいかなる点について供述を求められたかは不明であるが、原告らが虚偽の事実を供述させられ、被告会社の責任を否定させられたというような形跡は本件各証拠からは窺われない。

以上の点を総合して考えると、仮に、稲垣取締役が原告ら主張のような指示をしていたとしても、原告らが右指示により、虚偽の供述を強いられ、または必要な主張ができず、それが起訴につながり、ひいては、裁判において原告らの正当な主張が妨げられるような事態になったとは考え難い。

よって、原告らの右主張はいずれにしても理由がない。

四  次に、原告らは、被告会社の稲垣取締役及び島田代表取締役が、捜査や裁判において、被告会社がディーラー車庫による車庫証明をとらせてでも顧客に自動車を販売してゆく営業方針をとっていたことを隠し、原告ら個人が不正をした旨供述又は証言したと主張し(請求の原因6(二)及び(三))、このうち、稲垣取締役が、請求の原因6(二)で原告らが主張するような供述をしたことは当事者間に争いがない。

稲垣取締役の右供述を、前記二で述べたような本件の事件についての原告らの認識ないし意見と対比すると、まず、被告会社が各営業所に対して指示通達をしていたとする点が問題となる。

ところで、被告会社が各営業所に対して、本件の事件が問題とされる以前に、車庫証明の問題について何らかの指示通達をしていたとする確実な証拠はない。しかし、車庫証明については、《証拠省略》によれば、これを必要とする地域が漸次拡大され、またその運用についても警察署の裁量による部分が大きく、かつその運用がしだいに厳しくされていったというような状況の中で、車庫証明の問題については、本件の事件が起きる以前から警察と自動車販売会社との間などで種々問題が提起されていたことが認められることからみても、それが充分なものであったかは別として、被告会社から各営業所に対して何らの指示通達もなされなかったというのは不自然であって、稲垣取締役の前記供述中の各営業所に対して法律を守り、不法不正をしないよう指示通達を出している旨の部分を虚偽であると断定することは困難である。

また、稲垣取締役の前記供述の趣旨からすると、これは、被告会社が原告ら主張のような営業方針をとり、原告らが行ったとされる行為(具体的に、当時いかなる行為が問題とされていたかということ自体必ずしも明らかではないが、この点はしばらく措く。)が右営業方針に基づいてなされた行為であることを間接的に否定したことになることは明らかであるが前記二で述べたような本件の事件についての原告らの認識ないし意見からみても、被告会社に、原告ら主張のような明確な営業方針があったとまでは言い難いし、少なくとも、丙川松夫名義の自動車保管場所使用承諾書の偽造の点については、被告会社代表者作成名義の承諾書とは性質を異にし、被告会社の営業方針とは何ら関わりのないことである。《証拠省略》によれば、被告会社の保有する駐車場を車庫として被告会社代表者名義で自動車保管場所使用承諾書を提出し、車庫証明を取得すること自体は、一定の条件の下で、所轄警察署の承諾を得て行なわれていたようであるが、その実態については、《証拠省略》によれば、車庫証明を含む自動車新規登録手続については、ほとんど各営業所の判断に委ねられており、車庫証明に必要な被告会社代表者名義の前記使用承諾書も実質的には各営業所所長の判断で取得できたこと、ディーラー車庫による車庫証明取得の慣行も、現地の各営業所のセールスマンによって作り上げられてきたものであること、さらには、本件の事件では、被告会社代表者名義の使用承諾書ではなく、丙川松夫名義の使用承諾書が用いられ、その意味では被告会社本社がチェックできる機会はなかったことがそれぞれ認められることからすると、本件の事件について、稲垣取締役が、原告らが行ったとされる行為が被告会社自身の営業方針に基づくものであるとの認識を持つこと、さらには、これを取調べにおいて自認すべきことを期待することは困難であるというべきである。

さらに、稲垣取締役の前記供述が原告らの刑事責任を肯定する重要な証拠となっているのであればともかく、これが本件の刑事事件の捜査において、どのような意味を持つかについては全く不明であり、稲垣取締役の供述全体の中で、どのような位置にあるのかについてすら明らかではない。右供述が指示通達の具体的内容について触れることがなく、抽象的な表現にとどまっていることからみても、むしろ、右供述の趣旨は単なる感想として述べたにすぎないと考えるのが自然であると思われるし、これが原告らの刑事責任を肯定する重要な証拠となったと考えることも困難である。

なお、稲垣取締役の前記供述のうち、調布営業所において不正が行われたとの部分についても、本件の刑事事件で問題とされた違法行為が調布営業所で行われたこと自体は、原告らも特段争わないところであり、稲垣取締役も、そのような実態を述べたにすぎないものと考えられ、具体的に、事実や証拠をあげて原告らの犯罪行為を主張するものとも解されないから、これをもって、原告らに本件の事件の責任を押しつけるものであるとは考えられない。

以上のとおりであって、稲垣取締役の前記供述が原告らに対する不法行為を構成するとみる余地はない。

また、島田代表取締役が、原告ら主張のような証言をしたことはこれを認めるに足りる証拠がない。

五  さらに、原告らは、丁原弁護士が捜査及び裁判において、被告会社の責任を否定し、原告ら個人に刑事責任があるとの弁護活動をした(請求の原因6(四)ないし(七))と主張する。

丁原弁護士が請求の原因6(四)及び(五)で原告らが主張するような上申を行ったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、丁原弁護士が原告甲野が引責辞職する旨の上申をした際には、原告甲野にはその意思はなく、被告会社にそのような申し出をしたこともないこと、丁原弁護士は、本件の刑事事件の裁判にあたって、公訴事実は争わないという弁護方針を立てその方向で原告らを含む被告人らの意思統一を図るため、被告人らとの数回の打ち合わせでその旨述べて被告人らの同意を求めたこと、本件の刑事事件の第一審では、被告人らは公訴事実を争わずに認め、丁原弁護士は被告人質問を戊田梅夫に対してのみ行って、原告らに対しては被告人質問を行わなかったこと、最終弁論において、丁原弁護士は本件の事件が被告会社の責任ではないとする旨の主張をしたことがいずれも認められ、この認定に反する証拠はない。

右のような丁原弁護士の弁護方針及び行為について、原告らが当時から不満を抱き、丁原弁護士の原告らに対する言動に対しても強圧的であるとの印象を受けたことは、《証拠省略》によりこれを認めることができる。しかし、原告甲野が引責辞職する旨の上申については、これが丁原弁護士の原告ら主張のような悪意に基づくものとはいまだ認められない。また、弁護人として被疑者又は被告人の意思を尊重することはもとより重要なことではあるが、不必要な争い方をしないように勧告することもそれなりに弁護人の重要な責務であり、結局、原告らは丁原弁護士の勧告を受け入れていったんは公訴事実を争わないこととしたのであって、そこに原告らの意思を抑圧するような強迫ないし偽計が用いられたわけではない(原告らは、丁原弁護士は、原告らが裁判についてほとんど知識がないことを利用して捜査段階で自白すれば裁判で何をいってもだめだと信じさせたと主張するが、原告ら各本人の供述をみても、丁原弁護士の勧告が社会通念に照らし許容されるべき限界を超えるようなものであったとは認め難い。)から、これをもって丁原弁護士の行為が、被告会社との意思連絡を推認させるような不当なものであったということはできない。公判事実を争わないとする弁護方針自体についても、前記二で述べたような、本件の事件についての原告らの認識ないし意見や、被告会社の営業方針について前記四で指摘したような点からみると、本件の事件について被告会社の責任を主張することにより、原告らが起訴を免れ、また無罪とされることが明白であったとは考えられないから、その時点における選択として誤りであったとは断じえない。本件の刑事事件についてなされた第一次及び第二次の控訴審判決をみると、本件の証拠関係を詳細に検討すれば、実行行為自体あるいは共謀の存否等で争うことは可能であったとは考えられるが、《証拠省略》によると、被告人らは捜査段階において公訴事実を基本的には認めていたとみられる(原告らについては、このことは原告ら自らが主張するところでもある。)から、右と同様に、これを争わなかったことが不当であるとはいえない。

また、丁原弁護士が右のような弁護方針を立てる以前に、受任前の相談を除けば、原告らから特段事情聴取をしていないことは原告らの供述するところであり、《証拠省略》によれば、丁原弁護士の弁護士費用は被告会社からその負担において支払われたことが認められるが、証人丁原竹夫の証言によれば、同弁護士は、戊田梅夫他の被疑者及び被告会社関係者などから事情聴取を行い、また捜査担当者とも面会して事実関係を調査していることが認められること、従って、被告会社の内部事情にわたる主張がなされても不自然とはいえないこと、弁護士費用の点についても、本件の事件が被告会社の職務執行の過程で生じたものであり、また丁原弁護士は被告会社の紹介により選任されたものであることからみれば、必ずしも理解できないものではないことを考えると、これらの事実から、丁原弁護士と被告会社との間に原告ら主張のような意思の連絡があったとすることはできない。

以上のとおりであって、丁原弁護士が被告会社と意思を通じて、本件の事件について被告会社の責任を否定し、原告ら個人の犯罪行為であると確定させるべく行動したと考えざるを得ないような不合理、不自然な点は見あたらない。従って、原告らの右主張もまた理由がない。

六  よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官 窪田正彦 山本恵三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例